Tuesday, October 27, 2009

「一般意思2.0」の勘所、あるいは「データベース民主主義」の理論的位置


私の論文などに興味がある人はごく少数でしょうから、ブログマターに戻って先日の話を続けましょう。

デモクラシーについての私の理論的立場は既にお話したので、今回は東的デモクラシー論が持つ可能的意味にグッと焦点を絞りたいと思います。東さんは「朝生」終了後から、ご自身のツイッターで自らが構想する新たなデモクラシー像について断続的に説明していらっしゃいます。その中で、「データベース民主主義」こそ自分が意図するところだと語っておられる。ほとんど鈴木謙介さんの言う「数学的民主主義」の言い換えですが*1、私の考えでは、これは同時に「データベース全体主義」とも言い換えられます。

早とちりしないで下さい。全体主義だから悪いと言いたいのではありません。現代社会では「良い全体主義」が可能になっているのではないか(それに抵抗すべきか否か)、といった議論は、社会思想分野におけるトレンドになりつつあります*2。全体主義でも構わないとするのも、今やそれほど無茶な立論ではないのです。東さんが自分で民主主義を名乗るか全体主義を名乗るかは、重要ではありません。紛れも無く民主主義でありながら同時に全体主義でもあるという体制は、解釈次第では可能です。


民主主義とは何を意味するかを基礎から捉え直すためには、まずこちらの講義を読んで下さい。以下、そこで述べられていることへの理解を前提として議論を進めます。注目して頂きたいのは、末尾近くにある、「実質的自己決定」の実現による「もう一つの民主主義」について述べている箇所です*3。対応する詳細な理路は論文で展開して見せましたので、引用します。


 注意すべきなのは、民主政と多数決が必然的に結び付くとはいえ、両者は形式上相互に独立であるという理論的事実である。デモクラシーにとっての尖鋭な問題は、この隙間に潜む。集合的問題に対する統一的決定を形成する役割を担う民主政は、人民の内部に意見の相違が見られる場合には多数決を断行することに必然的理由を提供できるが、意見の相違が「見られない」場合や、特殊意思そのものが表明されない場合には、敢えて差異を露わにすべく議論を促す内在的理由を持たない。

 一般意思が人民にとって「私の意思」であると言うのならば、人民主権において重要なのは、一般意思を形成する手続きや主権者意思の執行を担う主体であるよりも、現実に一般意思が「私の意思」と一致しているか否かのはずである。言い換えるならば、「意思形成にどれだけ参加できるか」という形式上の問題よりも、「私の意思がどれだけ正しく代表されているか」とか「一般意思は私の利益とどれだけ合致しているのか」などの実感の問題の方が、人民主権の本質を体現しているのではないか――少なくともそう解釈することは不可能ではない。たとえ制度上の政治参加が困難であり、自己決定への意思を表に出すことはできなくとも、一般意思が自分の意思と一致しており、統治が自らの選好を体現するように行われている限り、自己決定の達成感や自己実現の感覚――積極的自由――を享受することはできる。

 いわば「実質的自己決定」――自己決定を為すまでもなき自己決定の実現――とでも言うべきトンネルを通じて「国家による自由」を生み出すこの理路は、規範的是非はともかく、有り得る一つのデモクラシー解釈である。それは現に、理論的領域ではC.シュミットが展開した立場と部分的に重なりを持つし、歴史的には多くの君主制国家や独裁国家、社会主義国家などで体現されてきた思想と共通する。拍手喝采政治や前衛政治を執る国家が民主的であることを標榜するとしても、それを僭称や偽装と即断することはできない。そこにはデモクラシー観の相違が横たわっていると考えるべきなのであり、少なくとも当該国家の体制内部では、その体制が民主的であると真に信じられる余地は十分に存在するのである。


(「自由の終焉――「配慮」による内破と「自己性」への転回――」、14-15頁。注は略)



どうでしょうか。民主主義かつ全体主義であることは可能だ、と申し上げた意味が、おおよそ見当付いたのではないでしょうか。

自己決定とは自分が望む内容の決定を為すことなので、決定過程への参加にかかわらず、決定内容が自分の望みに合致していれば、実質的に自己決定が実現したものと見做すことができます。政体としての「民主政」と区別される価値理念としての「民主主義」は、できるだけ多くの自己決定の実現を追求価値と考えますが、手段は問うていません。それゆえ、「みんな」の望みがかなうなら、討論はおろか投票さえ、それを行う必然性は失われるのです。

もうお気付きでしょう。「データベース民主主義」が提起しているのは、これまで「拍手・喝采」を介して行われてきたことが、今ではグーグルその他のテクノロジーを介してもっと精緻な仕方でできますよ、ということなのです。

繰り返しますが、だからけしからんという言い方は、私はしません。それどころか、理論的観点からすれば、ここには大した変化はありません。

先日の議論を思い出して下さい。抽象的な集合体でしかない「国民」は、(「自治」や「代理」ではなく)「代表」されるしかないと言いました。これを「国民代表」と呼びますが、その範囲には裁判官などの官僚も含まれます。彼らも部分ではない国民全体の利益に尽くす義務があるからです。この具体例から理解できるように、実のところ、国民代表の地位は選挙とは無関係です*4。これは知っておくべき理論的事実だと思います。要するに王様だろうが独裁者だろうが、理論的には「国民」を代表しているはずなのです。逆に言えば、日本が世界に誇っている代議民主政と独裁制の違いなど、理屈上はさほど大きなものとは言えないということになります。

同様に、国民代表の中身が政治家から機械的なシステムに代わっても、理論的な意味が変わるわけではありません。民主主義が民主主義であるために最も重要なのは、「代表」する者が人々の自己決定を実現してくれるか、「われわれ」の利益が現に達成されるかということであり、実現・達成の範囲が拡大するほど、民主主義的には好評価が与えられることになります。したがって、何らかのデータベースやプログラムによって構成されたシステム――私はこれらを前掲の論文で<それIt>と呼びました――の自動的な働きが「われわれ」の実質的自己決定を「できるだけ多く」可能にしてくれるのであれば、それはデータベースを「代表」とする民主主義が機能しているのだと見做してよいでしょう*5


さて、前回は東的デモクラシー論が「代表」に敵対的であると解した上で、「代表」の不可避性を説いてみたわけです。しかしながら、今回お話ししてきたように、捉え方次第では、東さんの構想はむしろ「代表」の中身を刷新するものなのだ、と解することもできます。「朝生」での発言に限定されない前後の文脈からすれば、こちらの方がより適切でしょう*6。と言うのも、彼はいつでも討論など積極的な政治参加には一顧だにしておらず、「自治」や「代理」が重視されていると判断する材料は乏しいからです。言及されるのは常に、機械的に作動する何らかのプログラムのみです。東さんの考えでは、「自治」ないし「代理」が不可能な政治的無能力者の利害も、システムが自動的に計算に入れ、調整してくれるはずだと期待されることになるのでしょう。

とどのつまり、構想の途にある「データベース民主主義」、ひいては「一般意思2.0」の要点は、代表/代理の原理がどうとか、直接/間接の民主政が云々といった議論とは、かなり隔たったところに在るのだと理解すべきです。それは、はじめからそうなのです。ネットによる直接民主政の可能性を検討したり、衆愚への傾きを指摘したりすることは、それ自体としては重要かもしれませんが、こと当該の文脈においては、完全にピントを外したものです。議論の勘所は、テクノロジーの発達によって可能になるかもしれない、新たな形での「民主政抜きの民主主義≒全体主義」――そこでは私たちはほとんど何もしなくても望むものを手に入れられます――を許容できるかどうか(それを否定すべき理由は存在するのか)、そちらの方に在ります。

この辺り、詳しくは前掲の私の論文を読んで下さい(昨日紹介したものです)。「データベース民主主義≒全体主義」の実現可能性については、私には判断することができません。理論的な評価・賛否については、これまでの記事に書いてきました。ご本人に語る場があるのにもかかわらず、第三者がこのような「解説」を施すことは本来控えるべきかもしれませんが、東さんのデモクラシー論に対して政治学的な観点から言及している人は少ないように思えるので、私が用意できる限りの政治学的ツールを使って議論を立てさせて頂きました。多少なりとも参考にして頂ければ幸いですが、あとはご本人のまとまった著述を楽しみに待つことにしましょう。


*1
*2:以下などを参照して下さい。


*3:そこで使われている「人民」の語は、前回話した「国民」と互換的な意味で使われていると理解して下さい。

*4:杉原泰雄『国民主権の研究』(岩波書店、1971年)、308-311頁。

*5:<それ>を「代表」と見做すことが実際に可能か、そうした「国民代表」を前提にした国民統合が可能かどうかは別の問題としてありますが、ここでは問いません。東さん自身は、人々が<それ>を「代表」と見做したり、あるいは意識したりする必要さえ無いと考えておられると思います。

*6:どちらにしても政治学的な民主主義モデルへの再解釈・再構成を経た理解になるわけですが。


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