Monday, July 20, 2009

読売のエゴイスト



松尾邦之助という人は、戦前は読売新聞特派員としてパリ支局長を務め、戦後は論説委員・副主筆にまで登りつめたジャーナリストでありながら、アナーキズムや個人主義について広く研究し、シュティルナーについて本を書いたり、アン・リネルの小説を訳したりした異色の人物です。アンドレ・ジイドや辻潤、石川三四郎、新居格などと親交を結びながら、正力松太郎の下で働いていたという、何とも面白い経験を持ちます。

この本は、日本が敗戦を迎えたことでパリから帰国するところから始まり、占領下を中心に、戦後日本で過ごす日々をつづったものです。執筆は60年代末頃らしく、未定稿を大澤正道が編集し、解説を付けています。特派員として出会った日本を含む各国高官・政治家とのエピソードや、戦後の読売争議の内幕などが率直な筆致で語られており*1、歴史好きな人ならば、純粋なエッセイとして面白く読めると思います(また、文化芸術に造詣が深い人だったようで、交流した多くの詩人・小説家・画家の名前が登場します)。

出版社からの紹介は、以下。


http://www006.upp.so-net.ne.jp/Nrs/shahyo0607.html


シュティルナーの思想を受容した上で、自分なりの哲学を確立していた――日本では他に辻潤がいるぐらいの――稀有な人だったと思います。


「そう思うのは錯覚だよ。君は国家権力による強制を前に恐怖していながら、内心では抵抗を感じるだろう。そうした抵抗精神を君の内側に持っていれば、どんな強い権力でも、抵抗する君の精神を殺したり奪うことはできないよ。どんなに強い権力でも、君のエゴを奪うことは出来ないのだ。君はつねに〝個〟であり、最も自然な意味でエゴイストなんです。君のことをエゴイストだということは、所詮、君が君であり、君以外の何者でもないということなんだ」


[198頁]


*1:ちなみに、渡邉恒雄の名前は登場しません。


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