Sunday, May 29, 2011

馬渕浩二「シュティルナー『唯一者とその所有』」について



最近出た熊野純彦(編)『近代哲学の名著』に、馬渕浩二氏がシュティルナー『唯一者とその所有』の解説を書いています。馬渕氏は哲学・倫理学がご専門で、マルクスやその周辺を中心に研究されておられる方のようです。

シュティルナーについて書かれたものには誤解が多いので*1、どんな様子かなと期待半分不安半分で見てみましたが、巧くまとまっていると思いました(えらそうですいません)。参考文献にカール・レーヴィットと住吉雅美氏のものが挙がっていて、まぁそちらの筋で行けばそんなに変なことにはならないだろうとは思うのですけど、実際まともでした(そういう意味では住吉氏の功績はやはり大きいと言うべきなのでしょう)。哲学的な側面についての入門的なものとしては、これで十分なのかなという気はします。ただ、一昨年の末に出た滝口氏の著作も文献リストに加えておいた方が良かったとは思いますが。


ヘーゲルからニーチェへ〈第1〉―十九世紀の思想における革命的決裂 マルクスとキェルケゴール (1952年) (岩波現代叢書)

特にシュティルナーの言う「力」と「所有」の問題をきちんと整理して書かれているのは、良かったと思います。シュティルナーにおける所有の問題は、これまで意外とあまり論じられていないと思いますので(住吉さんので、あったかなぁ?)。私の『情況』論文でも、所有については書いていないですし。

ただ、分量の問題もあってということなのでしょうが、書かれていないこともあります。自己性、享受、連合などがそうですね。自己性は言葉自体は出てきますが、説明されておらず、結局のところ自己性とは何を意味するのかをこれでは理解できないと思います。その辺のところは私がわりとこだわっているところなので、参考までに拙論を読んで頂ければ(こちらから読めます)。

細かい問題としては『唯一者とその所有』の刊行年が1845年になっていますが、これは間違いで、最初に出たのは1844年です。しかし、これは編集・校正上の問題でしょう(よくあるミスらしいです)。
あと、リードのところでアレントの一節が引かれていて、熊野氏執筆の序章部分でも「永井均氏の議論につながる…」などといったことが書かれているのですが、これはどうなのかなぁ。まぁ住吉さん以降の読み方がそちらに引っ張られるのは理解できますし、まして哲学畑では無理のないことだと思いますが。永井氏については『ヴィトゲンシュタイン入門』の中で哲学遍歴を語っているところで「読んだけど違かった」哲学者の1人としてシュティルナーを挙げていたと思いますし*2、実際彼の独我論/独在論や倫理的なエゴイズムとシュティルナーの思想は別のものでしょう。アレントについては私の理解が拙いものではっきり言えませんが、アレントのWhoとシュティルナーの「誰」を一緒にできるのかどうかはちょっと疑問が残りますね(馬渕さんが全く一緒だと言っているわけではないし、私も全く別だと言うつもりはないですが)。


そんなところでしょうか。あとは以下などもご笑覧頂ければと思います。文献目録も、そろそろ更新しなければなりませんね。




*1:比較的最近の例は、以下。http://d.hatena.ne.jp/kihamu/20080705/p1

*2:確認していないので、もし違う本だったらごめんなさい。


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